Jun 30, 2011

家庭教師はメリットだらけ

受験シーズンになると、やっぱり自分の力だけで勉強することは非常に意志がなければ難しい。塾に通うことも珍しくないが、家庭教師という手段も必ず導入しなければならないと考える。家庭教師は、まず自らが行う必要はないのが最大の利点です。冬の寒い日と、雨の日のことだと通学する必要はない。その分、通学時間を勉強に使うことが一対一なので、先生自身が知らない所だけ聞くということができます。家庭教師は、このようなメリットだらけだ。
友達に聞いて塾講師をしたことがある。大人の英語講師の経験があったが、子供相手には全く経験がなくて大変だった。プレーしたい仕方ない子供の整理に集中させ、学校とは異なり、点を取れるように訓練を集中的に行うべきである。スケジュールも過密で、少ない準備時間続けて授業を消化しなければならなかった。塾講師は再びしたくないと思った。
 5人が争う枚方市長選。28日の投開票に向け、市政発展への思い、政策を訴えている。人柄、横顔を紹介する。(届け出順)
 ◇「まちづくりは人」信じ−−大田幸世候補(62)=無新
 「世界が予想のつかない血みどろの世界になるのでは。黙っていたら危ないのでは」。01年9月11日に発生した米国同時多発テロでそう感じ、政治に関心を持った。地域から戦争協力拒否を宣言する「無防備都市条例」の制定運動などに取り組んできた。
 府住宅供給公社に長年勤め、団地建て替えで住民との話し合いに行ったときのことが忘れられない。住民たちが設けた喫茶コーナーに案内され、団地を活性化していこうとする思いやエネルギーが伝わってきた。「まちづくりは人」。そう強く感じさせられた。
 座右の銘は「努力すれば必ず実る」。「結婚退職が当たり前やった」という時代にも、仲間とともに長く仕事に取り組んできた。市長選への立候補は07年の4月、出直し選に続き3度目。あきらめない心で挑む。
 ◇どん底経験強い覚悟−−中司宏候補(55)=無元
 「宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える」。尊敬する故小渕恵三首相の言葉だそうだ。挑戦者の立場で市長選に臨む自分と重ね、気持ちを鼓舞する。
 行財政健全化などに取り組み、総仕上げとしていた4期目。談合事件を巡る市政混乱の責任を取り辞職した。逮捕され、談合罪に問われた裁判で冤罪(えんざい)を訴える。
 一方で、柏原市のまちづくり戦略会議議長として事業仕分けに取り組み、行政との接点を持ち続けてきた。その中で、常に枚方市政への思いがあったという。「行政が停滞している」と感じ、改革を訴える。
 この4年間に、「離れていった人もたくさんいたが、励ましてくれる人もいた」という。「どん底から立ち上がる経験は、市政にも生かせるはず」。覚悟をもってそう話す。
 ◇根っからの行政マン−−竹内脩候補(62)=無現
 市長1期目の4年間は「無我夢中で走り抜いた」時間だった。府の財政課長や政策調整室長などを歴任し、教育長まで務めた「行政マン」。
 だが府の仕事は、市町村に比べると住民とじかに接することは少ない。市の方向性を考えるにあたり「地域の実情を知らないといけないし、市民の市政への思いを踏まえないといけない」と、09年6月から1年半以上をかけて市内45小学校区を回った。
 「暮らしがよくなるように、地道にきっちり仕事をやってほしい」。そんな市民の願いを実感でき、忘れられない貴重な作業だった。
 枚方について「多様性がある地理的空間の中で、多様な人たちがいる面白いまち」と見る。「いろんな人たちが、持てる力を発揮できる環境をつくりたい」。再選に向け、そう意気込んでいる。
 ◇一人一人の声大切に−−三和智之候補(36)=共新
 「最初は1人の学生の声だった。声を集めることで、みんなの思いが一つになって大きな運動になった」。日本民主青年同盟府委員長当時、イラク戦争をきっかけに取り組んだ平和を訴える人文字づくりが、大きな思い出。「せんそうアカン」「PEACE」。何千もの人が集まった。
 高校卒業後、設計会社に勤務。仕事は充実していたが、職場環境や待遇面で疑問を感じることも。派遣労働が増えてくる時代でもあり、「自分たちと同世代の人が長く働いていくには、ルールがちゃんとしてなあかん」。思いが強まり、民青同盟への専従を決めた。
 活動の中で、「みんなの声を大事にする」ことを一番に学んだ。「上から提起するのではなく、市民と共に考えていく市政をつくっていきたい」と、目を輝かせる。
 ◇座右の銘は大器晩成−−円若正彦候補(67)=無新
 「市民から離れたところで政治が行われている」と憤る。政治の仕事が、組織力のある人だけでなく、「誰でもいっぺんできるようなものであることを示したい」。市民に身近な政治を実現しようと、「風呂敷包み一つ」で選挙戦に挑む。
 大阪市で生まれ、3歳ごろから中学卒業まで鹿児島県・徳之島で過ごした。鹿児島市内の高校に進学し、就職で再び大阪へ。枚方には約30年前から住む。
 徳之島には時々帰省する。島で暮らす両親は、あと数年でいずれも100歳を迎えるという。自身も長寿や健康に強い関心を持っており、その秘けつを「心の持ちよう」と笑みをこぼした。
 座右の銘の一つは「大器晩成」。「120歳までに晩成したい。何か一つのことを成し遂げたい」。そう話し再び破顔一笑した。

8月23日朝刊

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